初鹿明博のブログ 未来への扉 - 最新エントリー
今年で22回目となる東京大空襲江戸川区戦災犠牲者追悼式に出席しました。
会場となった「さくらホール」の一階では戦争資料展も行なわれており、当時の服や寄せ書きがされた日の丸など戦争に係る様々なモノが展示されていました。ここは、子ども達も利用する施設ですので、不思議な顔をして見ている小学生もいました。これをきっかけに戦争について考えるようになればいいですね。

さて、この追悼式では、合唱組曲「ちいちゃんのかげおくり」が歌われますが、聞いたことのない方は是非、歌詞を調べてみてください。何度聞いても切なくて、涙が出てきますから。
また、小、中、高校生による平和学習の取り組みの発表が行なわれますが、それぞれの発表を聞いていると、学校で戦争について教えるのと、そうでないのでは相当意識が違ってくると感じます。
戦争を体験した方が残っているうちは、学校現場で体験談を聞く機会を作る必要があると感じます。
やはり、体験者の話は重いです。
式典終了後は、さくらホールとなりに設置されている「世代を結ぶ平和の像」の前で、戦没者の皆さんのご冥福を祈り、献花が行なわれます。
また、この日には、戦災に遭いながら、焼けずに残っていて、現在、当時のまま保存されている江戸川区役所の旧文書庫の内部が公開されます。

東京大空襲から65年となりました。戦争経験者も高齢になり、国民の意識から敗戦の記憶が消えようとしています。
しかし、いまだに自分の中で「戦争」が終わらずに苦しんでいる方々がいます。
東京大空襲の被害者の方々には軍人さんのように何の補償もされていません。
東京大空襲に限らず、空襲で被害を受けた普通の皆さんが国を相手に裁判を起こしています。
全ての方々の「戦争」を終わらせるためにも、何らかの対策が必要だと感じます。
今日はインターンの女子学生4名と政治家になりたいと事務所に押し掛けてきた大学生(男子)1名を連れて、地元の福祉施設の視察を行ないました。
学生に限ったことではないと思いますが、自分の家族が入所しているか、もしくは、福祉の仕事に就いてでもいないと、福祉施設の中に入ることなどほとんどないと思います。
人によっては生涯でほとんど障がい者や認知症のお年寄り、乳児と触れ合うこともなく過ごしてしまう方もいるのでしょう。
折角、インターンで議員の事務所に来たのだから、世の中には色々な方々がいて社会が出来ているのだということを知ってもらいたいと思い、出来る限り、普段では入ることが無いようなところを視察しようと企画しました。
では、インターン生の視察報告を掲載します。


第24回東京都スポーツチャンバラ選手権大会に来賓として出席しました。

スポーツチャンバラ(愛称:スポチャン)、ご存じない方も多いと思いますが、いわゆるチャンバラにきちんとしたルールを設けたもの。日本国内のみならず、アメリカ、フランス、ロシア、エジプトなど世界各国にも普及しています。
平成23年に行なわれる東京国対では初めてデモ競技にも選ばれたように、認知度も高まり、スポーツとして認められてきています。
最近では、杉並区立のある中学校で正規の授業としてスポチャンが取り入れられるようになりました。
再来年度から中学でも武道が必修となりますが、剣道、柔道に加えてスポチャンも武道の授業にという声が上がっています。
剣道ほど防具も大袈裟ではありませんし、叩かれても怪我しないし、体格の差で勝敗が決まる競技ではないのが、大きな利点だと思います。
知らない方は是非調べてみて下さい!

毎月恒例のだんらん会を開催しました。今回は、平井のもんじゃ屋さん「つくし野」で行ないました。
もんじゃにはうるさい私は自分で作らないと気がすまないタイプ。
今日もいくつかのテーブルで作って廻りました。
さて、毎回初参加の方がいらっしゃいますが、今回も5名が初めて。
段々、人数が増えてきていて・・・来ていただいてもあまり会話出来ずに終わってしまう方も出てきてしまってます。
ありがたい反面、悩ましいところでもあります。
来月のだんらん会は特別企画で神田明神でお花見です。
山谷を初め、東京の下町でホームレスなどの自立支援を行なっているNPO法人ふるさとの会の自立支援型の宿泊所を3つほど視察しました。

まず最初に訪れたのは墨田区内の寿々喜屋ハウス。ここは、お蕎麦屋さんだった3階建ての住居を丸々借りて、中を改装して宿泊所として利用しています。ここの入所者の方々は要介護の方や病院から出されて行くあてがなく入所されてきたという方がほとんど。60歳以上の方が多く、アパートでの自立は難しそうな方ばかりでした。24時間職員が常駐して様々な生活援助をしているそうです。部屋は3畳程度の個室でしたが、先日見た足立区の施設がひと部屋に二段ベット二つ入れていたことを考えると、かなり良いと感じました。ちょうど食事時でしたが、ご飯、お味噌汁、お魚などおかずが3品と結構豪華でした。
次は、東駒形荘。ここは、元アパートというか下宿屋みたいなものだったのでしょう。ここも一棟丸々借りています。

こちらは、2階建てで部屋は4畳半位でした。ここは認知症の方が大半。身寄りがなく、認知症だと一人で暮らすのは難しいでしょう。こういう方々の行き場が全くないのが現状。
最後に行った晃荘は古いアパートを立て替えて一棟借りることを前提に新築したもの。

ここは、新築だけあって、人の導線が錯綜していなくて、非常に過ごしやすそう。部屋は6畳間を間仕切りして3畳にしています。
ここも、行き場のない高齢者がほとんど。中には火災事故のあった群馬県の「たまゆら」から来たという方も。
介護までは必要ないけれど、生活する上で援助が必要な方への支援がこれまで全くされていませんでした。
恐らく、今までは家族が行なっていたのでしょうが、独居老人が増えている現状では、家族的な役割を誰かが担わないとならないのだということを改めて感じました。
自分のこととして考えて見ても、60,70になって一人暮らしとなったら、自分で料理なんてしないでしょうから、ロクな食事をしなくなるでしょう。カップラーメン生活になるのは目に見えています。その結果、体調を壊して、介護が必要になったり、大きな病気になったりしてしまうのでしょう。
自立生活が難しい方々の生活全般をサポートする仕組みを考えないといけないと感じました。
小泉政権の時に23年度で廃止が決められてしまった介護療養病床を持つ地元の一盛病院の視察を行ないました。
先日の厚生労働委員会で、私も介護療養病床の問題について質問し、23年度の廃止の方針は猶予も含めて検討するという旨の答弁を長妻大臣から引き出しました。
今回、改めて実態を見極めるために視察に訪れました。

病室はプライバシーの問題があるので撮影しませんでしたが、リハビリの部屋やお風呂はかなり充実していました。
食堂もかなり広いなと感じましたが、実際にここで食事がとれるのは、全体の3分の1もいない位。
それ位に重い方ばかりが入院しているということが良く分かりました。
この病院は医療型と介護型の両方を持っていますが、医療型の方の入院患者はとてもではないけれど在宅で見ることは付加のだと感じました。急性期の病院と何が違うのかなという位に医療的なケアが必要なお年寄りばかりが入院していました。
お年寄りのついの住みかをどうすのかということを真剣に考えなくてはならないと感じます。
今年は東京大空襲から65年、そして、日韓併合から100年の節目の年です。
毎年、この時期に行なってきた「東京大空襲朝鮮人犠牲者追悼式」ですが、今年は節目の年ということで、式典に先立って韓国から研究者の方を招いて国際シンポジウムも行なわれました。また、韓国からKBSというテレビ局が取材に来ていて、インタビューを受けました。

追悼式の会場の横網公園内にある東京都慰霊堂は、関東大震災と東京大空襲の犠牲者を慰霊するために建設され、そこには、身元の分からない、または、引き取り手のいない犠牲者の遺骨が安置されています。
ご承知の通り、65年前の昭和20年3月10日未明に起こった東京大空襲で約10万人の方の命が一瞬のうちに奪われてしまいました。その中には、当時、日本人として軍需工場などで働いていた多くの朝鮮半島出身者も多くおりました。その数は1万人を超えるとも言われています。この慰霊堂の中にも相当数の朝鮮半島出身者が含まれているはずですが、判明した方は30名程度に過ぎません。
創始改名などで朝鮮半島出身者であると判明していない遺骨はまだまだあるのではないかと思われます。
関係者が生きている内に出来うる限り、真実を突き止め、遺族の方がご存命なら遺骨を返還してあげたいと思います。
戦争の犠牲者に国籍は関係ありません。そもそも、亡くなった皆さんは当時は日本人として亡くなっていったのです。
戦争を知らない私達の世代は、このような多くの方々の犠牲の上で、現在の平和な日本を享受出来ていることを忘れてはならないと感じます。

墨田区で8期32年間区議会議員を務められた大先輩の大和久常雄さんの旭日小綬章受賞祝賀会に出席しました。
大和久さんとは小川敏夫参議院議員の最初の選挙で知り合い、色々とご指導していただいてきました。
当時の民主党は地方議員はほとんどいなくて、いても1期の若い議員が多く、参議院選挙や都知事選挙のような大きな選挙では大変苦労しました。
その時にベテランの大和久さんのような議員さんは本当に頼りになり、教えていただくことが非常に多くありました。
民主党が今こうして政権交代が出来たのも、こういう先人の皆さんが地域を耕してくれてきたことによるのだということを忘れてはならないと感じます。
さて、本日の祝賀会には、私以外に、小川敏夫参議院議員、鈴木寛文部科学副大臣、江田五月参議院議長、そして、横路孝弘衆議院議長の秘書さんも出席していました。
民主党の議員の会で、衆参の議長が来るなんて、大和久さんと知り合った頃には想像が出来ませんでした。
改めて、政権交代したのだなぁと感じました。
現在、民主党の一期生は情報共有や委員会の応援などのために10班に分かれて行動しています。
今、班ごとに鳩山総理との昼食会が順次行なわれており、今日は、私の入っている4班の番でした。

冒頭、鳩山総理から簡単なご挨拶があった後はカレーを食べながら、ざっくばらんに意見交換をしました。
私からは、子ども手当についてパチンコに使うなど子どものために使われないのではないかという批判があるので、子ども手当の支給がされた後、子どものいる閣僚や政務三役の皆さんで子どもと一緒に買い物に行って、使い方をアッピールして欲しいとお願いしました。こうすれば、民主党の議員の若さも強調できますし、子育て世代の共感を得られるのではないかと感じます。
ところで、10班ありますから総理は10日間カレーを食べ続けることになるのですかね。
ちょっとお気の毒ですね。
さて、昼食会後、総理官邸の中を見学してきました。こんな感じです!

記者会見場 中庭が吹き抜けに 閣議前の写真撮りの部屋

大ホール ガラス張りで開放的 小ホール

組閣後に写真を撮る階段 官邸もひな祭りです。
国会議員といえども中々入る機会のないところです。
いずれは、ここの住民になれるように頑張ります!
明日が投票日となる町田市議・市長選の応援に入りました。
最終日ということもあり、市長候補の応援に菅直人財務大臣も駆けつけました。
町田駅で多くの国会議員も駆けつけ、大演説会が行なわれました。私も菅大臣の到着までの前座でマイクを握りました。

続いて、市議選の候補者3名の応援に入りました。
ちだ候補のところでは、ちだ候補の日体大の体操競技部の後輩でオリンピックのメダリストの池谷幸雄さんも応援に来ていました。非常に話が上手く、そして、内容も良くて感心しました。

現職最年少29歳の戸塚候補、そして、私の事務所の小店長が選挙期間中ずっと張り付いている佐藤かずひこ候補のところに応援に入りました。

明日、結果が分かりますが、良い結果が出ることを祈ってます。