メールマガジン - 20100310のエントリ
今日は東京大空襲から65年目の3月10日。私の地元の小松川さくらホールで東京大空襲の犠牲者の追悼式が行なわれました。東京大空襲を経験し、記憶している方も高齢となっておりますが、戦争の悲惨さや、恐ろしさを後世に伝えていかなくてはならないと思います。
さて、国会議員も戦後生まれが大半となり、それこそ、私のように親も戦争を知らない世代が多くなっています。戦後処理で積み残していることがまだまだ多くありますが、ここでやらないと、やれなくなってしまうのではないかと危惧しています。
これまで、我が国は、戦争に行き実際に戦った軍人、軍属の方に対する恩給や補償は不十分ながら行なっていますが一般の国民への補償は全くしていませんでした。戦争により被害を受けた普通の国民が切り捨てられたことは、大いに問題があると感じています。
この他にも、原爆症の認定の問題もまだ解決していません。シベリア抑留者への補償も記念品でごまかしてしまってきました。対外的な問題だけでなく、国内でも〈戦後〉はまだ終わっていないのです。
私と同じ一期生や、同世代の議員の多くは、戦後処理にはあまり興味がないようですが、私は東京大空襲65年目の節目に当たり、自分が議員である内に全ての懸案となっている戦後処理を終わらせたいと決意を新たにしています。
豊かな世代に生まれた世代であるからこそ、その礎を築いてくださった、戦争を経験し、被害にあった方のことを忘れてはならないと思います。
※過日、民主党内に出来た、『戦後補償を考える議員連盟』の副事務局長、『戦後強制抑留者問題解決促進議連(シベリア議連)』の幹事に就任しました。
(※メールマガジン事務局より…本日3月10日発刊の東京新聞朝刊社会面、〈戦後65年 記憶〉記事の中で、戦後補償に関する初鹿議員のコメントが掲載されました。)